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August 2004

August 31, 2004

日本人

オリンピック総集編でメダリスト達が脚光を浴びてる。
ほぼ毎日朝まで競技を見てたのは、
日本人が活躍するところを見たかったから。

世界の舞台で活躍する”日本人”を、心底、カッコイイと思う。
成果を出してガッツポーズをとる選手を、
鳥肌ざわめき立てながら言葉も無く見つめてた。

だって俺は日本人だから。

一つ思い出す強烈な出来事がある。

カナダへの留学中。
冬休みに各々他の国々を回った日本人の友達とNYで集合してパブへ行った。
そこで挑んだのがペア対抗勝ち抜きプール。

喋ってて分かったのは、必然的にどのペアも同じ国の奴同士ってこと。
アメリカ人に勝って、イタリア人に勝って、
次のイギリス人に、負けかけから大逆転で勝ちを掴んだ瞬間に、

”We are Japanese!!”

って。マジ叫びそうになった。

いや叫んでないけど。叫んだらエライことなるし。
でも、思わず叫びそうになるくらい興奮した。

酔っ払ってたのも、
日本人のダチと一緒に勝ったってのも、
相手がなんか偉そうなイカツイ奴らだったってのも、
3勝目だったってことも、
異国の地で興奮してたってのも、
基本的に俺が負けず嫌いだってことも嬉しい原因だけど。

何で瞬間的にそんなこと思ったのか良くは分からなかった。
ホント理屈抜きで直感的にそうだった。

移民が多く様々な人種に囲まれて勉強してると、
当然いつも自分が日本人だって意識はするんだけど、
胸の奥から一瞬でそんな感情が沸き上がるなんて初めてだった。

それ以来、よく意識する。
んでちょっとづつ深く実感するようになった。
ああ俺って日本で育ったんだなぁって。俺の感情は日本式なんだなぁって。

閉鎖性とか、国際性とか、国籍とか、愛国心とか、公共帰属意識とか、
話がデカクなって止まらないんでそれはまた今度。

でもオリンピック見ててやっぱ思った。
俺も絶対日本人として世界で勝負してやる。

まあ単純に勝負事とスポーツが好きなだけなんだけどな。

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August 29, 2004

ラスト4分

あっこでフリースロー2本とも外すかなぁ。。。
せっかくおもろい最期になると思ったのに。。

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August 27, 2004

分からなくて当たり前。だから生きる。真理を求める。

集合的過程における意味の役割
人間の意識は、有意味な現実、あるいは知覚可能な現実を経験しようとする根本的な傾向ないし必要性に基づいた、現実構成の象徴的-解釈的過程であり、その傾向ないし必要性は、本質的に多義的な世界とその世界における人間自身の役割についての根本的なあいまいさからきている。
[ペーター・ダハラー]

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早朝

目覚めの光が薄らと空間に満たされ始めた早朝。
片側2車線の車道。
いつもの道を自転車で走りながらふと顔を上げて気付いた。

どこまでも続くように目の前を走っていくこの道。

両側の木々は目が車道をなぞるのを助けて、
ずっと遠くの1点に全てが吸い込まれるかのように、
道が伸びてた。

いやってほど通ったことのある道なのに、
その姿があっさりといつもと違った。

車がいないせいだ、
って気付くのにちょいとかかった。

努力の末に得た景色でも何でもないから、
人生がどーだ生き方がこーだってなことに響く経験でもなかったけど、
ちょっとしたことだけに感動した。

車がそこを埋め尽くせば、
目の前の車しか見えなくて、
自分の目の周りを囲む景色が普通に当然当たり前だと思ってて、
こんなに広い世界がそこにあったなんて想像してなかった。

その絵が頭に残ってても、
多分昼間じゃもういっかいは見れない。

多分違うモンだと勝手に理解してるんだと思う。

基本は同じモンのはずなんだけど。。


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August 23, 2004

現在環境


さあ、どうする?
高次が意識できるか?

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知覚的探索


変化しないという状態は、我々が対象に対して動こうとしなければ、知覚できない

[Bateson,1979]

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予期的概念


我々は、探し方を知っているものしかみることができない

[Neisser,1976]

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August 22, 2004

ちょっと思い出した話

旅先は田舎町。古ぼけた喫茶店のトイレに標語が貼ってあった。

『美とは生の現れである』

に加えて、
『人の本来の美しさとは見かけではなく、云々云々。。。』


・・・ここトイレ、、、

うーんイイ言葉だ、ってしみじみした。
トイレしながら。


 

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August 21, 2004

狭義

自分は何が好きなのか。
自分は何をしているのが幸せなのか。

それをずっと意識しながら、
将来を意識して過去を見つめ直し道を決めながら進んできた。

自分の感情すら理解できると信じ、
自身をコントロールしようとしてきた。

そうして信じる方向を定め、自身の”責任”で、
目標へ邁進することが、前へ進む唯一の方法だと思ってた。
それが自分を”信じる”ことだと思ってた。


誤りだったかもしれない。


きっかけは、感情的なヒトとの論争。

よくある話だが、
人間は新たに見るモノを、過去の経験・記憶に照らし合わせて、
理解できる範疇に納めようとするらしい。

怖いんだ。未知のモノが。

自分を理解しようと、
心の中を正直に覗き込み見回したところまでは、よかった。

将来への道標にしようと行った分類・整理・ラベリングが、
究極的に見ても”自然”だったと言えるんだろか。

そもそも有限な言語を基調に分析を行う事自体が歪を内包しているのかもしれない。

いつのまにか、狭い世界へ、自分を、追いやっていたのかもしれない。

それ以前に、自分の感情に自信が無いのかもしれない。
誰もが通じる理屈をこねなければヒトと話ができないと思ったのかもしれない。

でもそこから不自然が生じた。そう感じた。

大事なのは多分、バランス。

感情だけでヒトと話ができるわけない。
理屈だけでヒトが説得できるわけない。

そもそも純合理的な世界なんて、俺が一番キライなものじゃなかったか?

俺が大好きなある友人は、
英語でコトを表現する。実に上手く。
日本語には無い、その表情。

まず、自分を広げるところから始めよう。
改めて。
そして感じるトコロをもっと大事に。

モノ知り顔で世の中を分類するにはまだ早い。

豊かに、なりたいと思う。

 

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August 20, 2004

”論理的判断”への疑問

さらに、人間の行動は、正確で論理的な選択肢の選択に基づいてではなく、その行動の目的と効果によってのみ具体化される、ということが明白なはずなのに、正確で論理的な方法を適用することによって意思決定を正当化しようという試みが出てくる。人間の行動の領域における客観化とは、常識的には、価値判断が主観的意見として恣意的で考えなしに受け入れられることではなく、その意味がより高次の価値体系に照らして検証されたことによって受け入れられる、という程度の意味でしかありえない。
[ハンス・ウルリッヒ]
「自己組織化とマネジメント」より

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August 14, 2004

ちょっとした休日


嬉しいことがあった

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August 12, 2004

目を向けるのは先or後・・?

「最近変わった。昔のお前のが良かった。前みたいに戻れよ。」

って言われたことがあるだろうか。
恋人でも。友達でも。

でも、俺はこう言う。
「前に戻ることにはナンのイミもない。」
「これからの俺が、イイって言ってもらえる方向に行くよう頑張る。」

そして、今の俺を説明する。
状況依存的な相手の意見と、背景に持つ自分の軸を。

個人的には、昨日より今日、今日より明日を輝かすつもりでやってきてる。
そこには、
不明確で言明すら不可能ではあるが、一つの基準を持っているつもりだ。

憧れる姿。
たどり着きたい信念。

もちろんそれは時と共に移ろう環境と共に可変ではある。
いつからそれを持ち始めたかもはっきりとは分からない。
しかし、
ある程度の変化域を保ちながら、”真っ直ぐ”前を向いてる。

昔を振り返るのは、参考程度でいい。反省程度でいい。

今を吸収して、必ず過去を超えてやる。
昔よりもっと良くなった、って言わせてやる。

自分が信じる”前”を向くことが、唯一自分にできることだから。

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気持ちの行き処

どーやって決めていいか分からない。

過去に縛られるつもりもないつもりだったけど。
頭から離れない事象は何が風化させてくれるんだろか。

昔はもっと早く忘れることが出来た気がする。
重さの差、程度の差かな。
もしくは、ヘタに賢くなった思考のせいか。

いいトコ悪いトコ。
どんな相関係数用いても比較しようが無い時。
どんな物差しも直感的に当てはまらない時。

決め方は。。。

タイミングとかヒトはゆうけど。
鈍くなった頭には。
勇気すら持てない。そもそも勇気ってナンだ?

”決める”って考え方すら間違ってるのかも知れない。

こんな風に迷えることも幸せなんかな。

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August 11, 2004

生きるってコト・・

ヒトに会う度会う度圧倒される。

新しいヒト。
出会いも1回目より2回目。そして沢山。

どんなヒトも、俺の想像をはるかに超えたトコロにいる。
でも、生きてきた道のりが違うんだから。で済ませちゃもったいない。

「なんで生きてるんだろ?」の問の答えは、
「人と会うため」であってもいいと思う。

そして「出会ったヒトとその出会いを大切にするため」。

さらに「そこから自分が上に伸びていくため」。

それってナンだ?って言われるかもしれないけど。
それは人それぞれあっていい。

ただ、
そうつぶやいてみた時に、
共感、反感、
色々出てくるような人とのつながりの中で生きていきたいと思う。

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August 10, 2004

経路依存性

縛られる必要は、けしてないけど。

これは多分本質。

特殊な跳躍を除く限り、現在は過去の延長・産物。

素敵な未来を産み出すには、過去よりたぐれる現在が有意味。

先を見据える意味を、今一度問い質す必要がありそうだ。

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日焼け

よーするに海行ったんさ

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August 09, 2004

・・・

この歳になっても恋に恋することってあってもイイと思う。

それがたとえ自発的でなく、他人に当てられて感じるモノであっても。
感じる心ってそんなモンだろ。
相対評価でしかモノを計れない心理状況だってある。

自由で縛られないココロだって誰かの専売特許じゃない。

だけどドコにナニを探しに行くかは自分次第。
いつでも動けるように布石を打っておくことが大事。

自分のココロなのに、
自分で納得させることができないのは何故だろう。

たぶん、
自分じゃ持てない何かを常に憧れるからなんだろう。

上にいきたい。

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August 06, 2004

早朝

アサイチのバスに乗った。

生き物が存在しない無機質な世界が車窓を通じて流れていく様は、
白み始めた光の様相も相まって、
生まれる前から知っているような不思議な懐かしさを感じさせた。

綺麗だとすら感じたのは、
おそらく3時間もすれば人と車の喧騒に満ちた世界になることを知っていたからだと思う。

活気と流動性を産み出す力を内に蓄えじっとその時が来るのを待ち構えている。
私もそんな世界で生きていきたいと願っている。

ひたすらじっと無機質なままでいる世界であれば、
その見栄えがたとえ同じであろうとも、
あの魅力は感じなかっただろう。

知っていたことが全て。

願わくば、
ヒトの想いが、
生きる世界とリンクして、
お互いつながっていることを実感できる世界を、
懐かしさと新鮮さを同時に感じられる世界を、
築き共有していきたい。


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