« 地域に生きる市民としての企業 | Main | まちへの不満-自転車認めろ! »

November 29, 2004

願わくば豊かな人生を・・・

積み重ねた想いから自分の軸を決め、目指す理想を体に留め置きながら進もうと決めた。
それが、変化していく世の中で自分が真っ直ぐ進んでいくための自分の責任だと思ってた。

でも、軸にコダワリ過ぎてカタクなってた自分にふと気付いた。

悪いクセなんだ。俺の。
すぐ一本調子にしか目の前が見えなくなって柔らかい考え方が出来なくなる。。。

「元気ないよ」
って最近何度か言われてようやく気付いた。

ああ、俺って捉われてた、って。
自分で創った軸に。その足を固定されてた。


最近、飲み会に行っても誰かと遊びに行っても、ナンか心底楽しめなかった。
ひっかかるのは、解決できない研究上の悩み。
(まぁあとは恋愛のナヤミ(?))

非日常の世界からそれへのヒントがもらえるならともかく、その場しのぎで気分転換したって研究の日常はまたすぐ巡って来る訳で。
何も根本的な解決にならない、って思ってたらその場を楽しむことなんか出来なかった。

前はそんなことなかったんだけどね。
最近卒業と論文の締め切りが具体的に見えるようになってきて無意識にプレッシャー感じて余裕が無くなってたんかなぁ。

「前はあった目の輝きがないよ」
って言われたのは多分そのせいなんだろな。
心ここに在らずで心配事が頭を占めてたら本当の笑顔なんて出ないわな。


でも、それじゃダメだって思った。

社会に存在する俺は決して一つじゃあないんだ。

ある軸に沿って究極的には個の確立を目指して進んでいくことが生きる目的だと思ってたけど。
そんな俺じゃない俺だっていっぱいいる。
いつから人生全てを一つに捧げるみたいなカンチガイしてたんかなぁ。

そんな生き方、『豊か』じゃない。

もちろん、色んな経験を一つの軸まわりに取り込んで一つの方向へ積み重ねて成長させることができれば進むのは速いかもしれないけど、
世の中そんな単純じゃないわな。

もっともっと色んな経験を楽しんだってイイと思う。
だって世の中広いんだし。
可能性を狭めてしまうリスクを今から背負う必要はこれっぽっちも無いわけで。

もちろん、何を目指していいか、これからの自分がどうあるべきかを考えるに当って、”軸”って考え方は有用だった。
考えすぎるほど今までの経験を色んな場で色んな角度から振り返って、色んな人から話を聞いて創ってきた”軸”。

一番効いたのは、
「5年後の自分をイメージすること。そしてそれに向かって真っ直ぐ進んでいくこと。迷いがあるから、強くなれない。」
ってNYCにいた時ニューヨークタイムズかなんかのちょっと偉いヒトから貰ったセリフ。
ごちゃごちゃ細かいこと抜きでダイナミックで、あぁアメリカンだなぁって感心して、突き進んでいくその力強さに憧れた。

だからこそ、自分の方向性を自分で納得して決めて進んでいこうって頑張ってこれた。
選択事象に優先順位を付けて満足できる形で生活を送ってこれた。

けど、この所ある程度出来上がった軸に振り回されてたみたいだ。


そろそろ、次の段階に進んでイイ頃だ。

軸に沿って進んできた。
その方向を念頭に置いてヒトと会うことも勉強することも楽しかった。
だからこそ、ある程度中心を創り込むことができた。

だからこそ、無意識にでもその方向性をいつも自分の中に持っていられる自分になれた今だからこそ、
もうちょっと自由なモノの見方を許してみよう。

軸から外れたモノを常用外と決め付けて枠の外に置かず、
自分は決して一つで無いことをちゃんと感じて、
もっと色んな自分を認めてやろう。

そしたら、感じられる幸せがもっと増える気がする。
もっともっと豊かになれる気がする。

社会人になって今を振り返って、
「死ぬほど忙しくて充実した毎日だったなぁ」って感慨にふけるよりは、
「忙しくて学ぶことも多かったけど、学生の時間もちゃんと使って豊かな日々を過ごしてこれたなぁ」って思いたい。

24時間を仕事や研究の事を考えるのに使えばもちろんそれなりの成果が出せるんだろけど、
でも毎日の生活の良さってそれだけじゃない。
結果的に仕事に結びつかなくても、豊かな時間を遣うことは後悔しない人生を送ることに多分必要なんだ。

もちろん、上手く行かない仕事や研究からの現実逃避ではない。
自分の役割に責任も持てないようじゃ偉そうなコト述べる資格なんてない。
努力してやることをキチンと果たして、それから初めて他の時間を求める権利を得られる。
そんな事あえて言う必要すらない。

ただ、狭くなってた自分をツマンナイ奴だって思っただけだ。

捉われすぎてた自分を可哀想とも愚かだとも思わない。
ただ、これからちょっとは素直に意識して生きていこう。
『人間の生活の豊かさ』ってヤツを。

  

|

« 地域に生きる市民としての企業 | Main | まちへの不満-自転車認めろ! »

Comments

はじめてカキコさせてもらいます。先日はお疲れ様でした。

飲み会の最中に、なるほど、そういうことを考えていたのか、と気づかされました。
確かに、かっきーに比べたら私はあのとき、無邪気に心配事もなさそうに楽しんでいた・・・かな?

自分の人生の目的を何に置くかって本当に人それぞれだよね。
趣味に重きを置く人。
趣味にも仕事にも重きを置く人。
仕事に特に重きを置く人。
   ・
   ・
   ・
ある一定の方向性を定め突進していきながら、
あとはその場その場で自分で道を選択することによって調整を図る、
その繰り返しを今後も続けていくんだろうなあ。
先日のように大勢の人と出会うことによって様々な価値観・人生を自分の中に取り入れ、吸収していきながらね☆

だから、ヒトに出会うことをやめられない。
だから、ヒトって大好き。


P.S.
いつしか『商社マン』というステレオタイプを作り出してしまい、
人を枠で見る癖がいつのまにかついていたことに反省しないといけないわ。

Posted by: まこ | November 30, 2004 01:10 PM

ね。
ヒトは独りじゃあ生きていけないさぁ。
たまには自分のココロ預けてみれるヒトが必要なんよ。

Posted by: かき | December 01, 2004 12:17 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 願わくば豊かな人生を・・・:

« 地域に生きる市民としての企業 | Main | まちへの不満-自転車認めろ! »