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November 04, 2004

日本を変えたい。その切り口。

今、地域の役割が改めて見直されている。
スピードが加速し過ぎ、中央集権化が過ぎた、東京都市圏一極集中の現在の日本における地域の役割が。

それは、人間の生活を見直すコト。

発展だけを追い求め雑多に集中化された今の東京圏を見て、
”人間の本来の在るべき生活”を想像できるヒトがどれだけいるだろうか。
集まりすぎたヒトの中で、互いの顔もハッキリ見えず、日々増す加速度に流され半ば機械化された経済活動を繰り返す。

そんな大都市圏とは異なり、
地方では一人一人の表情が見える自治が行われている。
小さい単位になればなるほど地域の特徴が明確になり、町役場では住民一人一人の名前と顔が把握でき、
そこに住む人達にとっての本当のサービスを展開しようと努力している。

顔の見える人間同士の対話によるサービス提供、やり取りこそが、人間の豊かな生活の本質じゃあなかろうか。

住民は本音で自治体に文句が言え、希望を述べ、喜び怒ることができる。
自分たちの生身の生活をかけて。

騒がしい都市活動だけに流され、公を意識する事無く自身の生活を営利活動の中に位置付けている人達は、
果たして国に生きる意識を自らに根付かせることができているのだろうか。
公共帰属意識の欠如こそが誤った個性の在り方を強調し行き場を失った青少年達の行動をおかしくさせてしまっているというのはよく聞く議論だ。

小さい単位で行われる地域の利点は、顔が見えることだけではない。
社会実験さえも可能にする。
つまり、大規模すぎて有効性が立証しづらい社会事業を、単位の大きさを変えた場で試してみることができるのだ。
ヒトが動きやすい単位。スピードがあり、企画、実施、検証、改善のプロセスを実際に見て取ることができる。

そもそも、一極集中による国の統治など、
F.テイラーから始まる組織進化の歴史から見ても、生物進化の環境適応の歴史を見ても、
垂直構造組織におけるトップダウンの全体効率化などもはや通用する時代じゃないんだ。

現在は、複雑になりすぎた社会経済構造に対応するための多極中心型組織でなければ全体として機能しない。
ようやくネットワークインフラの整備が本格的に進み、多中心システムの稼動条件が揃いつつある。
今こそ、地域の特徴を認め、それぞれが個性を持って多様性を保持しながら、かつ全体として整合性を取れるような地域中心ネットワーク型の国家経営体制へ移行すべきだ。

もはや受身で東京からの指示待ちで日本全体が機能する程この国は簡単じゃない。
型にハメ、ごり押しで効率化を掲げモノとカネによる経済発展を目指した時代は終わったんだ。

地方の、地域の活動から、人間の在るべき生活の姿を想像していかなければ、
生物生活環境にとっては加速が過ぎた現在の過剰圧力社会はいずれ破綻するだろう。
無理があるんだ、そもそも。

他の地域の出来事だって他人事じゃない。
新潟だって、阪神淡路大震災の教訓から災害前対応をしっかり進めていれば今回の被害規模が格段に違ったハズだ。

特徴のある地域地域がそれぞれ独自路線で成長を図り、かつネットワークで結合され互いに影響を及ぼしあい、そして学びあう。
複雑な社会状況にもそれぞれの得意要素でどこの地域であっても瞬時の対応を可能にし、全体として整合性をとりながら、身の丈に合った発展を、地に足の着いた発展を持続していく。
散らばる個性を認めかつ全体として一つになって学習しうる組織でなければ、自ら加速させた複雑さに飲み込まれてしまうんだ。

貴方ならこの考えになんて応える?
確かにそこに生きるヒトの、生活、生き方、文化、を、決して机上ではなく現場で感じるモノから述べてくれる人、
意見反論をお待ちしています。

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