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March 2005

March 26, 2005

風邪

風邪で倒れました.
突如38度を越える高熱と頭痛と関節痛.

インフルエンザではないらしーがこんな時期に倒れなくても...
予定色々と変更.

いくらやりたいことがあっても,いくら参加したいイベントがあっても,いくら会いたい人がいても,いくら食べたいモノがあっても.
時間やカネや機会はなんとかなっても.

やっぱり身体が自由にならなきゃどーもならない.

改めて感じるなぁ.

  

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March 24, 2005

敷金の考え方

今日部屋の明け渡しを完了した.

<戦績>
・預けてた敷金⇒¥150,000
・返ってくることになった取り分⇒¥50,000

6年間住んで10万円の支出か.まぁよしとするか.
10畳の1Kに住んでたわけだけど,「壁紙とカーペット全張替え+掃除費用2万円=16万円強」を業者(家主)と俺とで負担し合ったかたちだ.
ってもいきなり10万円で落ち着いたわけでもない.
その経緯を簡単に示そう・

昼の11:00,約束の時間ぴったりに業者が来る(1人).どうやら住宅センターから委託された回収専門の業者のようだ.
入ってくるなりこっちのご機嫌取りを始める.
丁寧で陽気な挨拶から始まり,「どんな勉強されてたんですか?」「いやぁすごいですねぇ」「やっぱり違いますねぇ」などなど.
うーんそんなに揉めるのがイヤか.

部屋の査定を始める.
まぁ何はともかく6年間も住んだ家だ.結構汚れてるし傷もある.何せマメに掃除する俺ではない.そうはいっても料理はしないから台所もキレイだし,タバコも全く吸わないから壁も真っ黒というワケではない.
「とりあえずこっちの壁紙は全張替えで見積もらせていただきますね」「やはりこういった傷は残せませんので張替えになりますかねぇ」
まぁとりあえず何も反論せず聞いておく.

査定の進む途中で質問を入れてみる.
「張替えの負担ってのはどうなってるんですかね?」

そしたら聞いてもいないのに声高にベラベラと説明し出した.
「いやおっしゃりたいことは分かります.ガイドラインに書いてあったり凡例があったりとねぇ.昨日もそういう客がいて敷金全部返せって言ってくるんですよ.私としてもつらいところでしてねぇ.こちらもガン言ってやりましたよ.そりゃね,云々云々・・・」
「もちろん長くお住まいになれば醤油もこぼしますし傷もできるのも当たり前なんですが,中にはキレイに使って頂いて汚れを残されない方もおられるんですよ.そうしますとどうしても部屋を使われた方の自己負担というかたちで~云々云々」
「京都の家主さんってのは負担したがらないんですよ.土地柄なんですかねぇ.いやわしゃ出さんっておっしゃる方も多くてですね,こちらが負担することもあるんですけど,云々云々・・・」
「壁紙の償却期間ってのは5年くらいなんですがね,中の素材のことも考えて5年くらいで替えるように勧めてやっているんですわ.云々云々」

まぁ要するにアレだ.
この時期回収業はものすご大変なんだ.ゴネる奴が多いから.
聞いてみたら,法律とかで厳密な規定はないらしい.最後は話し合いによる折り合いで負担割合の決着をつける問題らしくて,その場の裁量が大きなモノを言う.だからそんな展開になる前に先手を打ってきたというところだろうか.

んでどんな負担にするかはともかくとして,室内の痛み具合からして全張替えは逃れられない査定結果になった.
総計16万円超.
さて,どうやって交渉するか.

イキナリあんな風に切り出されたし,こっちもうだうだ揉めるのはめんどいから聞いてみた.
「こちらとしても色々長引くのはアレですから,一発で決めたいんですけど.ぶっちゃけてそちらさんはどれくらいを考えてはるんですか?」

そしたら図々しくもこうきやがった.
「そうですねぇ.こちらとしましては超過分をこちらで負担しまして差額徴収ナシあたりでどうだろうかと考えているんですが.」

オイオイ.
一発で決めたいってゆってんのに平然な顔して随分と遠慮の無い切り出しだな.まぁ商売っちゃしょーがないのかもしれんが.

結局向こうの言い分としては,
・キレイな使い方をする奴もいる.
・汚した分は払え.
・ただ全て負担させるのはアレだから後は折り合いで.
ってなところ.

ただそれだけじゃあんまりな言い分だろ.素直に払えるワケがない.

対する俺の反論の論点は
・住んでて自然に生じる傷について全負担する義務はない.
・家賃を取る上に壁紙張替えなどの維持費用を全て居住者に負担させようというのではマンション経営者としてまっとうとは言えない.
・全くの汚れも傷もつけずに暮らせという者にはマンション経営する資格はない.
・京都という土地柄は関係ない.マンション経営業態としての問題だ.
・2年おきに更新料も払っている.
・ただもちろん汚したのは事実だし6年も住んで愛着もある.世話にもなったと思うから敷金全部返せという訳ではない.
といったところ.

加えて,
「最近地震の問題もある.家具を固定しようと思ったら壁に傷ができるのも当然だが,それすら許さないのであれば,地震が来たら居住者には死んでくれと言うのか.そんな経営者があっていいのか.」
てなところも主張しておいた.

俺の感覚としては,ちょっとしか傷つけてないのに部分張替えが無理なためにしなければならない全張替えの費用を全て自分が負担するのはおかしい,って感じ.
ただもちろん自分がこまめに掃除することを怠ったせいで生じた不具合については負担すべきだと認めた.

そんな交渉を1時間程続けて落ち着いた金額が,俺が10万円負担して5万円返還してもらうという折り合い.
内訳としては,部屋の壁紙とカーペット張替えを折半(5万超).台所は汚した分だけ負担(2万弱).洗面所は全面負担(5千円).+掃除費用(2万円)-差額をまけてもらって=10万円ピッタリ.
まぁこんなもんかな.
いい立地に長いこと住ませてもらって,住民としての義務を大して果たさずその上でゴミ出しやらで世話になったしな.
ヨシとしよう.


一つ問題なのは『敷金』の考え方だ.
これはナンのために取ってるんだろ?

人が居住することにより生じる損壊を補填するために徴収するのであれば,もちろん敷金全額補填(返還無し)という考え方も納得はいく.

けど,2年くらいで出ていく人が全く汚していない場合は,多分敷金は全額返済されるだろう.
でも結局5,6年毎に張替えが必要なので,それが続けば住民側は部屋の壁紙や絨毯などの維持管理費用を負担せず,マンション管理者が負担していくことになる.
住民がそこに居るだけでも2年分の償却が発生するにも関わらずだ.

その場合は,その種の維持管理費用は家賃の中に含まれていることになる.
敷金という特別な収益を計上しなくてもマンション経営はやっていける計算にするためだ.

そうすると,敷金というのは何か特別な事情が生じた際に補填する保険の役割を担うと考えられる.
ボヤが起きたときに敷金を使って部屋の中を直すとか,地震で被害が生じた場合とか,何か大きな穴を開けてしまった場合とか.

だとすると,部屋の維持管理費用を敷金から出させているマンション経営者はボロ儲けということになる.
全ての費用を差し引いても利益の出る家賃を設定しておいて,さらに数年おきにボーナス(敷金)が入ってくることになるからだ.

まぁ敷金をどのように設定しているかは想像の域を出ないから結局良く分からんのだけど,一つ思ったのは,空室率さえなんとかなるならばマンション経営ってボロイ商売なんだろなぁってこと.

全ての交渉が終わってサインしたのが昼の12時.1時間もやりとりしてたことになる.
業者の人は今日中にこれから10件回るらしい.
ごくろーさん.

  

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March 17, 2005

書いてて飽きた...つまらん

多くの就活生が将来自分が本当にやりたい事を見つけられずに悩んでいる.

それは,周りの大人達が「将来の目的をしっかり持ってそれに向けて頑張らなきゃだめだ」って言うからだと思う.
将来やりたい事を明確にもってない奴を評価しないからだと思う.
そんな風潮があるから就活生が悩むことになる.

けど,それって当たり前のことか?
人間が生物の一種であるなら,その本来の目的は”生きること”それだけだろう.種の保存ってやつ?いや理由なんて知らんけど.

生まれてきたその瞬間は,「将来何かを成すために生まれてきた」わけではない.

”自分で”選んでこの世に誕生した訳ではないのだ.
少なくとも俺はそんなこと覚えてない.

そら精子と卵子はそんな意志を持って行動したのかもしらんけど,それは遺伝的な本能のレベルであって今俺らが持ちえている意志とは次元の異なる話だろう.

だとすると,「将来特別なナニかを成さにゃならん」的な思想は人間が持ち込んだ後天的な考え方だ.

生活していく中で身につけていく自己目的的な生活の在り方.
一生物としては至極不自然な生き方の規定.

バカの一つ覚えみたいに「将来の目標を明確に持って」なんて言う奴は,「ナンで?」って聞かれたら明確にその理由を説明できるんだろか.生物としては当たり前で無いこんな生き方を.

それは多分今の社会が発展を前提にしていて発展を持続できなきゃ崩壊する状態にあって,発展を実現するための重要な一要素に社会を構成する個人の「目的達成」欲求があるからなんだろう.

人類が誕生したての頃,一生物として生まれてきた人間は,死にたくない,つらい生活はイヤだ,苦労したくないって種の願望から生活改善の欲求を持ちえて,それを実現する資源が世界に転がっていたために,欲求実現のため地域的共同体である社会を発展させてきたんだろう.コミュニティ論では個人の日常エゴイズムなんて言い方をする.

今のジジイ世代もどっちかってーとそういう思想の下に社会を発展させてきたはずだ.
戦後復興期に荒れ果てた社会を再構築するために,モノが足りない生活を充実させるために,”将来の目的”を持って取り組んできたはずだ.

そう考えると,将来の目的なんてのは社会から外的に与えられたモンであったと言える.
けして自分の中から内生的に生じたモンではない.

それなのに,モノに充実しナンの不便もない生活が送れる現代の社会に産み落とされた子供たちに,”将来の目標を持て”なんてのは,今までの社会の発展とこれからの状況の差異を何も考慮しないアホな大人達が押し付ける社会的なエゴイズムになりかねない.


だからまぁ何が言いたいかってーと,”将来やりたい事”なんかに縛られて職を選ぶ必要なんて無いよ,ってこと.

将来やりたい事ももちろん言えればいいけど,それよりも”今やりたいこと”を重視すべきじゃないかと.
不自由な生活への反発からくる日常エゴを持ち得ない俺らには,もっとワガママにやりたいからやるんだ的なモノの考え方をしてもいいと思う.

もちろん俺らは先人達に創ってもらった社会で生活させてもらってる.それは分かってる.
けどこれから社会を創る俺らに,今までの社会発展の在り方を大前提として押し付けられすぎて足枷をはめられても,それは逆に先人の望む発展を止める結果になりかねない.

複雑になりすぎたこの社会構造の中では自分の位置がつかめにくい.
だから自分を見失い将来像がぼやけることも多々あるけど,そんな中で頼りになるのは自分の中にある思いだ.
それに基づいて自分が今やりたいことをやっていけばいい.

そんで,幾人かの全体論者が社会や企業の取りまとめをすればいい.

個々に自発的に動く各構成要素とそれを取りまとめる大元締め.
そんな構造でこれからの発展を模索していくべきだと思う.

さてさて,俺は何をしようかな.

  

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March 13, 2005

クソな店

今日久々にクソ気分悪い店に遭遇しました.

それは京都三条付近のような場所にあるラーメン屋サントおか.

店:「らっしゃいませ~」

俺:「二人」

店:「あーすいません今いっぱいなんで少々外のベンチで待っててもらえますか?」

俺:「は?」

店:「あーですから外に座るところがありますんでそちらで座って待っててもらえますか?」

俺:「はぁ!?外寒いんすけど!?」

店:「あーすいませんすぐストーブつけますんで」

俺:「あぁもーいいっすわ.(ガラガラ-外出る)」

・・・

なんや”外で待て”て!!??
このクソ寒い冬空に外でラーメン食べるの待てってか!?
てかなんで店内に待つ場所ないねん!?

このサービス過当競争時代によくこんなクソな営業形態でやってける店が存在するなぁ.
信じられん.

今や待合スペースの充実は営業店舗が提供すべきサービスの質を図る一つの指標だ.

とある回転寿司なんか待合スペースにかなりの広さを割いている.オシャレな雰囲気でゆったりできるのがその店のサービスの一つだからいっつも混んでるんだけど,店に入りきらないお客まで大事にしようとする心掛けが良く見えててすごく居心地がいい.

ファミレスとかレストランなんかはメニューを持ってきてくれて待ってる間に品を選んで注文しておくこともできる.
待ってる客にお茶を出すところもある.

ラブホの待合室なんか個室でテレビもあって飲み物も自由でいつまでも落ち着いて待ってられる.

そんな世の中において,この冬のクソ寒い日に,寒いからこそラーメン食べに行くのに,”外で待て”だぁ!?
客をバカにすんのもえーかげんにせぇよ.
こんなクソな店久々に見た.

あんまし腹が立つから店出てそのすぐ後に三条河原町上ルの赤鬼ラーメン行ったんだけど.
ここは店員がすごくイイ.
バイトなのに明るくて礼儀正しくて客に自然に気を遣える人達だった.
食事しててすごく落ち着く.


『食』ってすごく大事.
生活の豊かさを決める一つの大きな要素で,俺らは色んな形態の『食』を贅沢に楽しむことができる.

モノ社会は終焉を迎えつつあって経験マーケティングなんて言葉が世に出て久しいけど,
ヒトはモノを手に入れるよりも豊かな生活をするために消費を行うようになってきてる.

そんな中で『食』の楽しみ・道楽ってのはこれからも大きなビジネス市場でありえるんだろう.
一説によると飲食店ってのは年に8万件新規出店があって8万件潰れていくらしい.
それくらいヒトが夢を見て進出する業界であって,豊かさとか文化とか様々な意志を具現化しようと皆が頑張っている場所だ.

最も大事なのは,顧客に自分らの最高のパフォーマンスを提供しようとする意識だと思う.
自分たちが最高だと信じる『食』の一形態に自信を持って,それを楽しんでもらおうとする姿勢が何よりも重要なんだと思う.
世界に生きる人間の生活の豊かさの一端を担ってるって自覚をもって望むべき商売なんだと思う.


それがナニ?
このクソ寒い冬の一日に客を外で待たせる店?
潰れちまえ!

  

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”音””楽”の支配する時空間

大好きな友達の一人が早くも結婚した.んでその結婚パーティに参加させてもらった.
2次会はバーの貸切で,人いっぱいいてドキュメント企画とか気持ちのいっぱい詰まったパーティでめっさ楽しかった.

そん中で鳥肌立ってひたすら気持ちが振るえたのがバンド演奏の時.

着物に身を包んだ花嫁の演奏とか演出的にも感動したけど.
一番前ですごい一生懸命な顔して聞いてた新郎もすごいかっこよかったけど.
メロディが優しい曲も良かったんだけど.

でもでも,『なんて心地よさそうに演奏してるんだろう』って.
体中から喜悦な雰囲気をかもし出しながら演奏する彼らが中心に位置するあの”場”にすごい感動した.

あの音楽の支配する空間は日頃の喧騒やしがらみなんて一切寄せ付けず,
”音”が内包し代弁するヒトの感情がいっぱいいっぱい満ちたその空間の中で,
演者達は自分の創り出す音と雰囲気だけを楽しんでた.

すごくイイ顔をしてた.
すごくイイ瞳をしてた.

そんな彼らが紡ぐ音はあの空間にいた全てのヒトに届いたと思う.

そんな彼らがものすごく羨ましかった.

あぁ軽音サークル入るってこーゆーことなんかなってちょっと思った.
改めて音楽の良さに気付けた気がした.

まぁ思い起こせば俺が自分でピアノ弾く時もそうなんだけどな.
一種の麻薬みたいなもんで.
自分が音を創ってる間はその世界に入り込むことができる.
音を創れることを快感だと思える.満足いく演奏ができたらたとえ誰も聞いてなくても気持ちは満ち足りる.

ただそれを外から見たのは久し振りだった.
んでしばらくそれを忘れてたことに気がついた.

もっと鍵盤を触ろう.
んで気持ちを込めて弾いてあげたいときにちゃんとパフォーマンス出せるようにしとこう.

次はダレの式だろう・・・

  

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