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April 2005

April 26, 2005

Globalization

商社ビジネスのキーワードに”Globalization”があるわけで.

各種インフラが整備されるにつれ海外のビジネスチャンスに関わることが容易になり徐々に収益を拡大してこれた総合商社.
これからは日本のみならず第三国間取引の拡充が重点課題となる.

散々言われていることではあるが,
海外でチャンスを見出すためにはケチな根性を捨て現地地域に腰を下ろしそこに”住む人達”の本当の幸せを理解していかなければならない.
現場の理論の前には,洗練されたビジネスツールや分析方法などクソの役にも立たない.
『ヒトとしての互いの付き合い』こそがビジネスの核と成り得る.

商社に属する者として当然これから海外駐在を経験することになるわけで.
異文化に属する者同士が共に仕事をし成果を上げるためには人財をどのように扱うかがポイントとなる.
そのための研修がちょびっとだけ行われた.

ケースとしては,駐在先の現地法人で,仕事はできるしやる気もあるけど協調性のない職員がいる,と.
さてどーする?


俺の意見として論点は2つ.

・組織としてまとまることの強さの追求
・利益至上主義

日本式組織の強さは言わずもがなだ.
規則や慣習で組織構成員の向く方向をある幅に押し留めることで同じ方向を向かせシナジーを発生させる.
個人では生じ得ない相乗効果こそが諸外国も恐れる日本式組織の強さの源泉だ.

特に”日本式”にこだわらずとも,コミュニティ論に沿って社会学を参照しながら”社会”形成の起源を辿れば,ヒトが何故共同的目的の下に社会を形成してきたのかは明白だ.
無論多少の柔軟性は求められるものの,”組織の強さ”は協調性にあるハズだ.

そしてそれが”強さ”ならば,協調性こそが利益を生むと考えられる.
個人をある程度束縛することになろうとも,チームを組織して生み出す成果が大きなモノと成り得るのならば,私的企業の目的が収益の獲得であるならば,チームワークは利益重視の方向性に最大限寄与し得ると言える.

だから回答としては,「彼に組織属意識を持ってもらって,チームとして機能することこそが利益なんだと分かってもらうよう取り計らうことが必要」というものになる.


ところがそこで丁重に頂いた批判が,
「外国においてまで”日本式”を無理に適用することが本当に適切なのか?それでGlobalizationと言えるのか?外国のやり方と日本のやり方を融合させることこそ必要なのではないか?」
といったもの.

まぁなんて優等生的で平均的な回答なんでしょ.

いやまぁそんなこた分かってんだよ.

3年間大学と大学院で取り組んだ理系の視点からの社会学的フィールドワーク研究で都会から隔絶された中山間地域やベッドタウンに関わり,外の理論が現場において通用しないこと,現場の理論を分かるために少なくとも数ヶ月の時間を共有しながら働く事が必要になること,その上でその人達に最適なものを現場の視点から見出す必要がある事を学んできた.

この手の事例はHBRなんかを見りゃいくらでも載ってるわけで,理論的にも全く知らないわけじゃない.
『地域に入り込むことの重要さ』
これが研究室に所属してる間に教授から教わった最も大切な俺の価値観だ.


だからこそ,あえて”組織することの強さ”に偏った意見を出させてもらったんだ.

そもそも,”融合”とか”統合”,”総合的”なんて言葉は,漠然とした概念をその言語に代表させて実態を曖昧にしつつもヒトの感覚を誤魔化すのには十分な表現を含んだ不明瞭この上ない言葉だ.

”総合的に解決”,”解決策の融合”なんてものほど可能性を多分に含む解決策は無い.
そんなことを言うだけじゃナンの解決にもならないから,指針と成り得る一つの方向性を示させてもらったにすぎない.


無論実際にはバランスの問題になるだろう.

現地法人とは言えども,日本人が多く日本的組織の方がより利益を生む方向で機能できるならば,文化を異にする外国人にはある程度日本組織の方法に従ってもらう必要がある.
逆に日本人が非常に少なく現地採用による現地職員が大半を占める組織であれば,現地のやり方を尊重せざるを得ないだろう.

だがしかし,もともとは日本に基盤を置く組織であるならば,海外へは自分たちのビジネスチャンスを掴みに進出している訳だから,自分たちのやり方にある程度こだわっても構わない気がする.

外国の文化を自分たちには変えられない所与条件として処理してしまうのではなく,
自分たちが本来持つ”強み”を信じて,その方法を輸出し国外で適用できる可能性を追求したっていいと思う.
自分たちのやりかたを解ってもらって広めようという方向で動いたって構わないと思う.

同じ日本の中だって,こうも意見が分かれるんだ.
外国文化の中だって色々だろうし,ハナからこちらが全面的に譲歩する姿勢で臨む必要は全く無い.

”外国”ということで最初から臆する必要なんてない.
最初から可能性を捨ててかかる必要なんてどこにもない.

自分たちの強みに自信が持てるなら,それで挑戦してみたいと思えるのなら,
まずはそれを試してみたっていいじゃないかと思う.

ダメなら譲歩も必要だろう.
”ヒトとしての互いの付き合い”なんてのは一方向じゃ成り立たないんだから.

ただ俺が言いたかったのは,「日本人として身に付けて来た組織マネジメント方法に誇りを持ちたい」ということ.

外国に出ればこそ,そう思う.
俺は日本人なんだ.その生き方や姿勢に誇りを感じれる時だってある.

むろん協調性は大事だ.
けど,自分たちに強さがあるならばそれをもって世界で戦っていきたい.

  

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April 14, 2005

顧客に媚びる時代は終わった

『顧客至上主義を見直す時にきた』

ローソンの新波氏は日経ビジネスの中でこう言っている.
なんてまたチャレンジングな見通しを持ってるんだろう.感激した.

24時間営業に始まり,生鮮食品の取り扱い,ATM導入,宅配便取り扱いなど,顧客の利便性を追及することでコンビニ業界は小売でデパートに次ぐ地位を築き上げた.

それにも関わらず冒頭のような方向性を述べ,深夜営業の停止を考えているのは,深夜の悪収益性のタメではない.
物流,搬入等々の手間と時間を考えるとこの点は思ったよりも影響は大きくないようだ.

それよりも着目すべきなのは,このブログでも再三取り上げているように,『社会の利益と方向性を同じくしなければ生き残れない』点を協調している点だ.

まず,深夜営業をやめるとするとコンビニ業態全体で40万人が失業するらしい.
これはこまったもんだ.

けど,一番大きいのは,”環境への影響”.

いつ行っても棚に商品がぎっしり並んでないと品揃えが悪いと思われて客が離れていくってのはコンビニ業界の常識らしくて.
けどいつも棚に商品が並ぶってことは相当余って売れないってことでゴミになるってことなんだけど.
たとえ捨てることになろうともフランチャイズ本部は余計に弁当とか発注することを勧めているらしいけど,これは全体で500億円(経常利益に相当)を廃棄している計算になるようだ.しかも負担しているのはフランチャイズの個々の店.

ゴミ.

処理するのにCO2排出量が相当大きい.
このままではCO2対90年比6%削減なんて実現できるハズもない.

顧客至上主義を貫いてきた反面,環境負荷を増大させる結末をもたらしている.

ここで新波氏が言う.

『コンビニの歴史は高々30年.100年続いて初めて産業として認められる.これからは次の30年を生き抜く方向性を模索していきたい.』
『顧客至上主義では社会の利益を損なう結果をもたらす.これからは,コンビニが顧客を教育していくことも必要になるだろう』

・・・

カッコよすぎる.

てか,その通りだと思う.

顧客が自分たちをもてはやしてくれる企業だけ選んでいったら世界はいずれ環境問題で滅ぶんだ.
自分たちが生きる世界は無くならないだろうなんて平和ボケしてる国民の目を覚まして,全体として生き残る方向へ進んでいくためには,常識を覆す企業を認め尊敬しそのやり方に追随する姿勢が必要になるんだ.

自分たちの本当の利益はナニか.
それをもう一度考えていかなきゃならない.地球規模のスケールと因果関係で.


ちなみに,フランチャイズ協会からは,”アホな事考えるな”って怒られたらしい.
バカじゃね??

目の前の利益しか見えない企業は潰れていってるよ.
歴史が証明してんじゃん.

こーゆーアホなトップを無くすこともミッションの一つだな.

    

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April 13, 2005

保守性と生活

日本の天皇家というと皆はどんなイメージを持ってるんだろか.

まぁだいたい画一的なイメージに統一されるんだろな.
いつも超自然な笑顔で慎ましく振舞うある種超越的な存在に感じる.

それも当然っちゃ当然で.
日本は象徴天皇で,古来から殿様的存在を好む日本人の絶対的心の拠り所みたいな位置づけだから.

その辺がアメリカの大統領一家と決定的に違う.

日本では天皇家の悪口を言うなんてことは多分許されないだろうし,私生活はまったくの秘密裏だし.
ジョークで笑いを取れるような存在ではありえない.

その存在は多分,多分に日本国民に暗黙の安心感を与えてる.
『あぁ,あんな上品でハイソサエティなヒト達がトップに座ってられる国なんだ,ここは.』って.

こんだけ日本の経済が悪化して世界から信用を失って世界の企業に飲み込まれようとしてるご時世に,
たとえ景気が回復基調にあるとしたっていつ沈没するかも分からんこの国において,
国民がいつまでも平和ボケして一度覚えた贅沢な暮らしを捨てきれない理由が,
その辺にも一つありそうな気がする.

安心できるんだよね.
TVで天皇家の人達が安穏としてるところを見ると.

もし,仮にTVに登場する天皇家の人々がイキナリ貧しいカッコして苦しそうに
『日本がホンキでやばい,皆さん働いて下さい・・・』
ってゆったら結構なインパクトがある気がする.

まぁその時には同時にナニかが崩れ去るのかもしらんけど.

いずれにしろ,
俺は昔社会科で習った象徴天皇の”歴史的””社会的”意義なんて忘れたけど,
その辺をちゃんと語れるヒトは多分少なくて,それでも天皇家を見てなんとなく安心してしまうから,
皆ホンキにならないんだろうなぁ.

どことなく緩くて,誰かがなんとかしてくれると想ってて,助けてくれるごく一部の人間の存在に甘えてて.
それで言い訳をしながら辛い顔してみながらも安穏と日々過ごすような国民.

だって,税金を1億円払ってるヒトと100万円払ってるヒトが受けられる公共サービスって多分大差ないじゃん.
そしたら,税金がいくら高いって文句ゆったって,それでも自分より多く税金払ってくれてるヒトに甘えてる状況なんだよ.
恥ずかしくならないのかな?

日本人は変化を嫌う.
安心していたいし,出来ることならそのままいたい.
そんな欲望を形にしてくれてるのが象徴天皇であって,自分への言い訳に使える絶対的根拠なんだろな.

さて,日本がホントに沈みそうになったら象徴はどう変化するんだろうか.

死ぬ気で頑張る国,巻き返せる国,世界を変えることに意義を感じれる国.
そんな国になれるのはまだまだ先の話になりそうだ.

  

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April 10, 2005

やりたい事とやれる事

デキル奴ってのは現実世界の境界条件を所与として自分に出来ることを見つめるんだろうか.
ヘタに物事を知ってるからそれを大前提としてモノを考えるんだろうか.
当たり前のように出来ることと出来ないことを分けてるんだろうか.

俺の主張ってのは,現実の厳しさを受け入れないタダの絵空事に映るんだろうか.

俺はそれが我慢できない.
”今”の境界条件を無条件に受け入れて”今”の立ち位置に勝手に見切りをつけてるやつらの考え方が.

もっと,夢を現実化する夢を見たっていいと想う.

ヤツラは言う.
「だってそれは無理だから」
「現実的にそれはできないから」

俺はこういうセリフが一番キライだ.

どーして大して知りもしない世界に,自分が未だ体感したことの無い世界に,ヒトから聞いた話だけを元に,自分の夢に見切りを付けられるんだろう.

さらにヤツラは言う.
「もちろんそれが理想だけど」
「将来は他所で自分のやりたいことをやる」

もちろんそれでも構わないけど.
どうして今の立ち位置からできることを考えないんだろう.
どうして出来ないことを出来るように変えることを可能性として考慮しないんだろう.

そんな奴らに現実を変えていける力と熱意があるとは思えない.
いくら俺の主張が子供じみて現実味が無いとしても.

想うだけならタダだ.

しかも想うことで自分は内なる力を生み出す事ができる.

諦めた世界で生きることは,なんてつまらなく色がない人生なんだろう.

いつだって,どこだって,夢を現実化する夢を見ることはできる.

現実を見てないわけじゃない.ヤツラの主張だって理解はできる.

けど,俺はやらないうちから諦めることだけは絶対にしたくない.
現実に,変えてやる.

それこそが,生きていくことの豊かさだと想うから.

  

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April 09, 2005

無題

怖さはある.

いくら頭で越えようとしても,ココロの片隅が覚えている,自分にはどうしようもできない,他人のココロの在り方.

忘れられない.いつまでも.
本当の幸せを勝ち取るまでは.

夢は見る.
そして努力もする.
自信を持って自分の時間を捧げたと胸を張れるほどには最低限.

でも,自分にはどうしようもできないことが,世界には存在する.
それは,世界を構築する自分以外のヒトの想い.

だから,怖い.
その中で生きているからこそ.

二度とイヤだと思っていても,自分に出来ることは一つだけ.
想いを抱くことを恐れないことだ.

  

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April 03, 2005

ホントの幸せにつながるホンキの想い

どーしてみんなそんな恋愛で満足できるんだ?

どーして今の彼氏/彼女が一番じゃ無いなんて言える恋愛を続けれるんだ?

どーしてそんな言い訳を当たり前のように取り出しながらなぁなぁな恋愛をそれしか仕方が無いかのように言えるんだ?

「好きということと大事にすることは違う」とか
「過去の思い出と比べてどっちがいいとか分からないから一番なんて言えない」とか
「気持ちと生活は違うから気持ちだけ大事にすることはできない」とか.

違うワケないじゃん.そんなんでホントに満足か?てかナンで言い訳つけてあきらめてんの?

これは俺の考え方だけど,
ホントに一番好きなヒトを,胸張って「ホントに一番大事に出来てる」って言えるような恋愛をできることが,互いにとって一番の幸せだと,俺はそう思う.

これには男も女も関係ない.

どっちがじゃなくて,お互いがお互いを一番大事に出来る関係じゃなけりゃ,どっちかが可哀想すぎる.

付き合ってる相手なら,一番大事にしろよ.
好きでもないなら適当に付き合ったりすんなよ.
相手がホントに想ってくれてるヒトだったらそのヒトが気の毒だとか思わんのか?気持ちを弄ぶことが,弄ばれることがどんだけしんどいことか分からんのか?

過去の思い出なんて関係ない.
今の俺が今までの最高に決まってる.

だって,今の俺は今までの全ての俺の上に成り立って存在するから.
過去の俺がどんだけ幸せであろうが,その時の思い出がどんだけ光ろうが,その時よりも一日一日どんどん前に進もうとしてやってきている今の方がもっともっと幸せになれるはずだ.

過去の自分の幸せをかみ締めてその上で今の幸せを築いているって認識できない生活を送っているようじゃあ,生きることを総括した道を前に進むことなんかできやしない.

過去の幸せなんかで俺は満足しない.
あれを幸せだと思えた俺はもはや今の俺じゃない.
今の俺は過去に経験できた幸せじゃあ満足できるハズもない.
もっともっと素敵な幸せを求めて日々過ごしている.
過去に経験して積み上げてきたモノの上に立って,それを越える幸せを探しながら.

だから,今を一番大事にする.
今までの俺を振り返って反省して噛み締めて,幸せには上限なんかなくて気持ちを大事にできる限りどこまででも幸せになれることを認識して,自分なりの生き方考え方を探していく.
今があることを感謝して.

いつだって俺は本気だ.
中途半端な気持ちで過ごしてるようじゃあ自分の気持ちをホントに満足させられる生活なんて送れるはずがない.

何を恐れる?
ナンで意味無い保険をかける?
なんでなし崩しなやり方で満足できる?

妥協の人生なんて願い下げだ.
世界は個人の想いで成り立っているんだから.

  

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