« May 2005 | Main | July 2005 »

June 2005

June 29, 2005

一つ纏め上げる力

今日は新卒社員全員と会長社長はじめ役員方との懇親会.立食パーティ.

まぁ何でか知らんけどおエライ人達って割りと型通りのハナシが多くて,感激するようなストーリィってのはあーゆー場ではなかなか聞けないんだけど.
なんでかなぁ.若い頃は俺らと同じ,野望に燃えた若き商社マンだった筈なのに...

んでも,一つ二つ,あ,いいなぁ,って話が聞けた.

その内の一つが,
『”纏め上げる”力を養うこと』
の大切さ.

若いモンが夢を語る時ってのは,ホントに夢っぽい事が往々にしてある.

就活生なんてのはその最たるものかな.
無論,意気込みと夢を見る力が試されてるからそれでいいんだけど,カネを稼ぐ力ってのはそんな概論からは生まれてこない.

もっと,細かい,人が気付かないからこそ,人が考え付かないからこそ,人が勉強をめんどくさがるからこそ,稼げる領域がある.

例えば,金融工学.
今まで見たことも無いような複雑なファイナンススキームを組み上げて,新しい収益構造を作ってみるとか.

例えば,通関.
いかに税関を巧みに通過するか,いかに在庫滞留時間を減らしてコストを削っていくかを,工夫してみたり.

勿論,それらがテクニカルな手法であることに異論はない.
本業,ってかメインの稼ぐ力はもっと本流にあるに違いない.

けども,物事を『纏め上げる』には,概念,概論だけでは不十分だ.

一つの流れを最初から最後まで具体的に実践するには,
一つ一つの作業を効率良く,または出来る限り有効的に実現させる手法を学び適用していかなければならない.
細かな工夫を積み重ねて初めて,全体として収益の上がる構造に組み上げることが出来るんだと思う.

ビジネスケーススタディとかでありがちなのが,
実践プランまでもってくってのがコンセプトなのに,”計画”するための”計画”までしか話し合えないケース.

大筋を好き勝手に議論するのが一番ラクで楽しい.

けど,”実現可能性”を突き詰めるのはホント大変だ.
ましてや,利益を浮かそうとするスキームなんて...

最近は毎日毎日決算表見たり経営計画書読んだり月次報告書読んでコメント考えたり,,,ってな仕事だけど.
あの言葉で,これらの知識と考え方がいかに重要かを再確認できた.

これらの技術があって初めて,大筋が具体的にイメージできる.
できるか出来ないかまで具体的に.
オリジナリティをもって.

自分が社会で価値を持とうとしたら,何かを生み出す事が不可欠だ.

それに必要な,”纏め上げる力”.
んでそれを実現させる技術.
それらは決して概論的でも,幻想的でもない.

たとえ想像力や発想力に飛びぬけていなくとも,現在はそれらの領域で勝負できなくても,
やった分だけ身に付く強みはいくらでもある.

道のりは決して近くは無い.
けれども,やる価値はある,と,強く思わせてくれた.

そんな言葉を聞けた会合.
やっぱし上の人たちは偉大だわ.

  

| | Comments (34) | TrackBack (0)

June 22, 2005

失いがちな平衡感覚

最近仕事が楽しい.

いやもちろん”仕事”と呼べるよーな成果は上がってやしないけど.
けど,新しいこと覚えて自分の出来る範囲が広がってくのが楽しい.
もっと勉強してもっと自分の意見を前に出せるようになりたいって思う.

うん,イイ調子.
先輩らの仕事を見てて何か新しいこと覚えられるなら,帰っても差し支えない状況でも残ってもいいと思う.
早く帰りたいけど,疲れてるけど,でもそんな状況も悪くないと思える.

なんてーか,自分がナニかを成そうとすることに前向きな情緒.


けどなぁ,
これも天秤の片方なんよね.

仕事とか企業における自分の役割とか,そっちに寄れば寄るほど,”想う気持ち”は薄れてく.

感じる心が相対的に表に出て来なくなって,ヒトを気遣う力が薄れる.
”自分が”何かをすることにココロが傾いて,他へ向く余裕が無いと言うよりは,自分で前向くことが楽しくてそれで自然と満足してる状態.

それはいかん.

誰かを傷付けてからじゃ遅いし,
心通じ合う機会を逃すと痛いし,
何より自分の生きる世界を失ってしまう.

あんましね,実績とか成績とか思考のメインになると,
人の中で生きてるって事実がアタマの隅に追いやられたりすんのよね.


そんな時は,
マネジメントとかリーダーシップとかの本を読むのも効果的.

仕事に関係する能力を伸ばす機会としながら,
”To have something be done through people”っていうマネジメントの定義通り人間関係の在り様にも目を向けることになる.

人と付き合って一緒に何かを成していくことが,
どれだけ”気持ち”の勝負になるか.
それを思い出させてくれる.

結局は同じことなんよね.

天秤の両端は互いに相容れないように見えながら,
それをちょうど水平に保つ”軸”は中央に存在する.

そんなバランスを取りながら,
豊かに強く生きていけるようになりたい.

  

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 19, 2005

偶然な世界の楽しみ方

「あるキャリアを追求するのにリスクがあまりに大きいと思えるとき,その理由の99%は目標に対する柔軟性が足りないことにある.」
[David E. Bell]

ハーバードビジネススクールのマーケティング科主任及び2つの管理職プログラムの責任者を務める彼の言葉.
なかなかどうしてなるほどと思わせる.

”これは本当に自分のやりたいコトじゃない”
”本当の自分は別のところにある”
などと聞くのもウザイ諦め文句を並べている貴方.
上の言葉をどう思う?

そんな貴方は多分,『今好きだと思うことは,どうして好きなの?』と聞かれて明確な説明ができないんじゃなかろうか.

”好きだから好き”じゃハナシにもならん.
そんなどうでもいい感情のこもってない表向きの文句が聞きたくてそんな質問をするわけじゃないんだよね.

その『好きだと思うこと』は自分の中から自然に生まれてきたとでも思ってるの?

そんなわきゃない.
人は各々特定の社会環境の中で生きていて,その中にある色々なモンの中に自分を投げ込んで,色んな影響を受けながら成長してくんだ.
それがなきゃ生まれたまんまナンの知識も知見も知恵も身に付けてないことになる.

貴方はある特定の社会環境に産み落とされて,たまたまそこにあるモノやヒトと共に過ごしたからこそ,好きなモンや嫌いなモンができてきて,今の貴方があるんだろ.

隣の県で生まれれば今の貴方とは違った人間がそこにいるかもしれない.

だから,今好きなモノにはそれを好きになった原因が必ずあるハズなんだ.
それを好むことにならざるを得なかった環境の中にいたハズなんだ.

すなわち,それを好きなコトもただの偶然に過ぎないんだ.

貴方の本質に照らし合わせて本当に適切であることの保障なんてどこにもない.
たまたま出会ってきただけなんだから.

無論,その出会いが大切だったって言い分もある.
勿論そうで,それをないがしろにして今の貴方の存在を語ることなんてできないんだけど,
言いたいコトはそこじゃなくて,”偶然の産物”に思い入れを抱きすぎるなってこと.

タマタマある環境でそれに出会い,それを好きになる環境が貴方の周りに準備されてて,
しかるべくしてそれを好きになったかもしれんけど.

人生これからのが長いよ.

多分,そんな素敵な出会いってこれからナンボでもあるよ.
もっともっと好きになれること,いっぱい転がってると思うよ.

今好きなことをなおざりにする奴に深い成長なんて期待するべくもないけど,
今好きなことだけにこだわって視野が狭くなってるやつは広い成長もできやしない.

『だまされたと思ってやってみな』

今の俺がいることを感謝する第一の人物の一人は大学大学院で世話になった教授だけど,
これはこのヒトの言葉で,ウソくせ~とか思いながらも結果的に一番感謝することになったキッカケの言葉.
今の俺の考え方の基礎を作る事ができた研究に取り組むことを勧めてくれた言葉.

”今”好きなコトだけに固執する理由なんかどこにもない.
世界は未知だ.とてつもなく広く,深い.

もっともっと素敵なモノを素直に受け入れて自分をもっと大きく育てるために,
タマタマ出会う全てを大切にしていこう.

頭ごなしにこれは違うとか言わないで,切り捨てる前にもちっと真剣に取り組んでみよう.
それ以前に,大きく構えてまず受け入れてみよう.

素敵かどうか分かるのに何年もかかるかもしれない.
けど,色んな可能性をアタマに残しながら日々頑張って色んな方面から考えるようになれれば,
それはきっと貴方の姿を知らないうちにぐっと魅力的に映す道具になってくだろう.

貴方の魅力はまだまだそんなもんじゃないよ.
もっともっと,素敵になれるはず.
周りにいる人たちもそれを期待してる.

だまされたと思ってさ,やってみりゃいーじゃん.

  

| | Comments (3) | TrackBack (0)

June 16, 2005

妥協,ですか?

興味を持って片足突っ込むところまでは誰でも楽しい.
適当になら誰にでもどの程度にでも出来るから.
中途半端が一番ラク.

けど,そこから先に行けるか,深められるかで,生きられるかどうかの違いが出る.

どんな興味を持ったっていい.
どんな大志を抱いたっていい.

けど,自分が選ぶその世界に死ぬほど取り組んで,
もう考えるところなんて無いってくらい具体的に考えて書き出して纏め上げて,
それを人に見せてさらにつっこまれるところを深掘りして,
そうやって少しずつでも明確な”自分の解”を見つけ出して自分のモノにしていこうとしない人に世界は作れやしない.

ちょっとの興味で薄っぺらく関わって,
本来の深さや本質に近づく事無くつまみ食いしてるようじゃあ,
自分の生きる場所なんか永遠に見つからんだろ.

そんなんじゃ折角の世界に裏切られるよ.

どんなんだっていいさ.
自分の”解”でありさえすれば.
それが誰にでも簡潔にしっかり説明できるくらい深めてありさえすれば.
それなりの構造の上に作り上げたなら,大事な条件が抜けて無い限り大きな的外れではないだろうから.

けど,自分の考え方や理論で足りてると思ってたら大間違いだ.
人の考え方を,租借を含めずに吸収しなきゃ.
”自分なり”の解釈は時に思考を止める.

疲れたとか,怖いとか,自分を慰める言い訳ならいくらでも吐けばいい.
けど,
諦めた瞬間に,思い込んだ瞬間に,思考を止めた瞬間に,
な~んも無くなってしまうのは自明だろ?

せっかく生きるからには,世界を創り出す側に回った方が楽しくない?

”自分”が何を”成す”か.
”解”は今まで生きてきたオリジナルな貴方のウチにある.

世界に”生きさせてもらう”,”ナニかさせてもらう”んじゃなくてさ.

世界の主役は貴方なんだから.

    

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 15, 2005

互い違い

同じ方向を向いてるハズのヒトの気持ちが互いにすれ違ったりするのは,
基本的に人間が短気な生き物なんだからなんだろな.

長期的に見れば,それぞれの経験が個々のためにも互いのためになることも,一応は理解できる.
そういうモノの見方が支配的であるならば,互い違いってのはもっと少なくなるんじゃなかろうか.

だけどヒトってのは,目の前の出来事でアタマがいっぱいになって,我慢できなくなって,
それをどうにかしたい一心で,根本的なココロの在り様まで変えさせて,その場を乗り切ろうとしてしまう.

そこで変わったココロの色は,それを経験する前には戻ったりしない.
それを経験した上での色になら近付けるかもしれないが,決して知らなかったころには戻れない.

だから,互い違う.
片方が追いかけて,追いかけられて,そのタイミングが食い違う.

経験,認識,変化,対処,の周期がもっと長ければ,
次に相手が何かを経験するまで待てるのに.

無理に気持ちを変化させることなく相手の変化を待てるのに.

短気な生き方が悪いわけじゃない.
それが自分に最も大事ならその点を大切にしなきゃ気持ちよく生きていけない.

だけど,そうじゃない考え方もあったと知ったなら,後悔することもあるだろう.
半ば諦めたような,納得したような,そんな後悔.

もっと幸せになるために,次はどんな風に接していこうか.

  

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 12, 2005

”幸運”な人生

とある本にこんなことが書いてあった.

『あなたたちは,世界のなかで恵まれた位置にいる.熱心な先生や愛情あふれる両親のおかげで”幸運”を与えられたことを,十分認識してほしい.そして何よりも,幸運の女神がこれほど豊かに微笑んでくれたのだから,自分にはそれなりの責任があることを肝に銘じてほしい.』

これはハーバードでMBAを取得し,ビジネスリーダーとして世界を牽引する人達へ向けられた言葉.

なるほど,と改めて思う.
思い返せば,今の自分があるのはまぎれもない”幸運”のおかげだ.

今の自分があることに感謝したい人は枚挙に暇が無い.

自分が学ぶことを教えてくれた小学校の先生.
魅力ある生き方を教えてくれた中学校の友人.
自己の確立を意識させてくれた高校の友人.
知識の基礎を形作ってくれた高校の先生.

”社会”という価値観を見せ付けてくれた大学の教授.

そして何よりも,今までの人生全てにおいて,守り,応援してくれた,両親.

これらの人たちと歩んでこれたことが”幸運”でなくてナンなのだろう.
実力で選んできたものなど何も無い.
そう見えたところで結局は,あらゆる要素がかみ合う中で世界が用意してくれた,『出会い』なんだ.

今までの俺は,”社会に資する”意味合いが良く分からなかった.
現場に入って地域に生きる人たちと長いこと一緒に活動したところで,それはナニか絶対的に善な”社会的価値”のためや,巡り巡って社会に生きる”自己”の確立のためだと思っていた.

だが,この世界に生きる以上,もっと高みを目指せることを,上の言葉から学んだ.

世界に生きる人たちが,幸せだと思って生きることができる世界にできるように,自分が与えてもらってきた”幸せ”な環境を人為的な力で整えより多くの人に提供し味わってもらえるように,
俺には社会に何かを生み出す”責任”がある.

おこがましいかもしれないが,それは生き方の一つであっていいと思う.

努力して掴んだように見えるモノなんて,自分の力は1割で,残りの9割は世界の環境が用意してくれた”偶然”だ.
その偶然を必然に変えることが,そのような環境を整備し人が生きる生活を支えていくことが,究極的な目的になったっていいはずだ.

社会基盤.

やっぱり俺の目標はそこにある.

せっかくビジネス界で先陣を切って社会を動かせる可能性がある位置にいるんだ.
今まで自分が学んできた全てを出し切って,その目標を果たせるように努力していこう.

それが,生きる価値観の礎になるはずだ.

まぁご大層な志も大事だけど,
それを掲げる前に,一番大切なコトだけは忘れずに追い求めていこうかい.

一番大事な人を,幸せにできるように.
  

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 09, 2005

おつかれ...

どんなに楽しく充実した仕事をしても.
どんだけ素敵な人達と出会える飲み会を繰り返しても.

自分には”ベース”が必要なんだと悟る.

いつもの俺は表の自分.

もちろんそれも自分.
けど,それだけでバランス取れるほど偏った人間でも無い.

時には泣き言も言うし無意識に突っ伏したくもなる.

そんな時支えてくれるのは,無条件に信じれる自分の一部.
音楽であったり,文字であったり,究極的にはヒトであったり.

そんな存在がやっぱし重要.

貴女が,足りない.

  

| | Comments (3) | TrackBack (0)

« May 2005 | Main | July 2005 »