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June 16, 2005

妥協,ですか?

興味を持って片足突っ込むところまでは誰でも楽しい.
適当になら誰にでもどの程度にでも出来るから.
中途半端が一番ラク.

けど,そこから先に行けるか,深められるかで,生きられるかどうかの違いが出る.

どんな興味を持ったっていい.
どんな大志を抱いたっていい.

けど,自分が選ぶその世界に死ぬほど取り組んで,
もう考えるところなんて無いってくらい具体的に考えて書き出して纏め上げて,
それを人に見せてさらにつっこまれるところを深掘りして,
そうやって少しずつでも明確な”自分の解”を見つけ出して自分のモノにしていこうとしない人に世界は作れやしない.

ちょっとの興味で薄っぺらく関わって,
本来の深さや本質に近づく事無くつまみ食いしてるようじゃあ,
自分の生きる場所なんか永遠に見つからんだろ.

そんなんじゃ折角の世界に裏切られるよ.

どんなんだっていいさ.
自分の”解”でありさえすれば.
それが誰にでも簡潔にしっかり説明できるくらい深めてありさえすれば.
それなりの構造の上に作り上げたなら,大事な条件が抜けて無い限り大きな的外れではないだろうから.

けど,自分の考え方や理論で足りてると思ってたら大間違いだ.
人の考え方を,租借を含めずに吸収しなきゃ.
”自分なり”の解釈は時に思考を止める.

疲れたとか,怖いとか,自分を慰める言い訳ならいくらでも吐けばいい.
けど,
諦めた瞬間に,思い込んだ瞬間に,思考を止めた瞬間に,
な~んも無くなってしまうのは自明だろ?

せっかく生きるからには,世界を創り出す側に回った方が楽しくない?

”自分”が何を”成す”か.
”解”は今まで生きてきたオリジナルな貴方のウチにある.

世界に”生きさせてもらう”,”ナニかさせてもらう”んじゃなくてさ.

世界の主役は貴方なんだから.

    

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