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May 2006

May 24, 2006

”好き”になるって・・?

最近ホントに分からなくなってきた。。。

”好きになる”ってナンだ・・?

どんな現象なんだ?
何を想うコトなんだ?
そもそも考えて分かるモンなのか??

以前は声高らかに解る気になってた。

『ココロを預けられる事』だと。
『安心と思いやり』だと。

けど、そうなのか?
それがあれば幸せなのか?
満足なんてレベルじゃない、幸せを感じる事ができるのか?

考えて考えて、頭ん中に創り上げたひとつのカタチではあったけど、
しばらく恋愛系の話題に触れなかったのは、うすうす感じてはいたから。

ひょっとしたら、ただアタマでっかちなだけだったんじゃないかと。

そろそろ、次の段階に移らにゃなるまい。
いつまでも昔のままでいるワケじゃない。
環境も好みも自分すらも変わっていく。

今の自分にとって”好きになる”ってナンなのか。

そもそも、以前は自分に”必要なモノ”を基準に考えてた気がするけど、
ひょっとしたらそんなモノサシは他にもいっぱいあるのかもしれない。

満足なんてレベルじゃなく感じれる幸せってのは何に感じる事ができるのか。

理屈なんて抜きの感情をちょっと見つめなおしてみようと思う。

青臭いと、笑われるだろうか。
だとするなら、聞かせて頂けると有難い。

恥ずかしげも無く惜しげもなく語れるような幸せと、それに浸れる貴方の素直な思いを。

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May 23, 2006

”もっと”幸せに

”より”幸せに。

そう、願うなら、
傷付いた過去は忘れて、当然の様に無かったモノにして、
新しいモノを追い求めて自分のモノにすればいい。

なのにどうして、そうしない?

それすらしないのは、いや、出来ないのは、
欲しいのは幸せではなくそのモノ自身だからだろうか。

貴女にとっての幸せとは、
そのモノの向こうにしか在り得なかったんだろうか。

”どうしてそんなに想っていられる・・・?”

そんな陳腐な疑問なんて、
きっと貴女にとっては些細すぎる問いなんだろう。

囚われている様にさえ見えるその気持ちの奥深さは、
きっと積み重ねた重さだけじゃないもう一つの要因が、
用意に断ち切れない繋がりを作った結果なんだろう。

理屈なんかじゃない。
そんな単純な理由に、喩え難い奥行きを感じる。

でも、それは決して盲目なんかじゃなく、気持ちの偏りでもなく、
感じたモノが真実足るこの世界で唯一信じて良い確かな手応えなんだと思う。

手応えを感じられるからこそ、忘れられない。
知っていると思えるからこそ、次なんて求められない。

心の奥底から、無条件に感じられる。
それがどんなに幸せな事か。

決して一朝一夕には手に入らないそんな感情が、
どれほど代え難く尊いモノか。

打算で求めない、そんな幸せは、
”夢”を通り越して生き方そのものになってしまうのかもしれない。


そんな生き方を、貴女は後悔していますか?


ふんぎりを付ける。
貴女はそう言った。

ちゃんと踏み出せたんだろうか。
ちゃんと元気に、笑っているんだろうか。

お願いだから、元気でいて欲しい。
お願いだから、もう一度貴女の足で立って欲しい。

貴女が幸せになれないなら、一体誰がそんな権利を持っていられる?

そして願わくば、
その幸せな笑顔をいつの日か見る事が出来ますように。

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May 12, 2006

1年経った仕事を振り返る

「全体を見る」
って、言うのは割と簡単で、イメージもある程度出来てるモンだと、思ってたフシがある。

その自分のイメージがいかに貧困か思い知らされた。

「組織の中での分業制度」
これも自分の感覚は陳腐過ぎた。教科書の抽象表現は恐ろしい。


自分が支える仕事のポジション。

それをイメージするには、それを仮に1人でやるとしたら、全部で何が必要か考えるのも1つと言う。

成る程、分かりやすい。

成り立ちを見てる様で、自分本位に陥る性質。
見えてると思う時に本当に見えてない死角。

自分は大丈夫とよくある根拠の無い幻想に囚われる。

全体を見る方法の1つは、
きっと勉強なんだろな。

体系的に深堀する勉強が出来れば、
切り口が持てる。
切り方を1つ身に付けられる。

圧倒的にソレが足りてない今の自分。

自分の感覚以外に頼るモンが無いとロクな事にならん。

それは自己本位の入口。

必死にならんと理解出来ないくらいの世界に足突っ込んで、
ちょっとでも知見を広げん限り”広く柔軟なモノの見方”なんて身に付くワケがない。

それを忘れ、与えられた分業に満足する自分。

ピエロだよな。

足りないのは、不満を認めるココロ。
懐柔なんてされちゃいけない。

その気になれば、思ったより素直に真っ直ぐ立てるもんだ。
自分の芯の心なんて。
他に依り処なんて持てないんだから。

妥協との接点なんてセコい事言わず、
精一杯目を開けて見て行こうと思う。

自分の存在を認めてやりたいと思うからこそ。

  

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May 05, 2006

起業の意味…?

立ち上げた経緯の詳細はそれ以上は別にいい。

自然発生的に、現実に不満を覚え生まれたモノである事は、成る程分かった。
方法も、方法論も、或る程度は本に書いてあるだろう。

願わくば、
それを興す根底に何を見ているのか、語って欲しい。

- 根本的なコアは何?

- ソレはどんな価値を世界にもたらす?

- ソレを受けたヒトは何を変える事が出来る?

- それは続き得る?

- 競合よりも客観的に優れている点は?

- 行き着く先はドコで、何に繋がって行く?

ソレをする事自体に重きを起き過ぎて
一人ヨガリになってやしないか?

何となくそんな疑問が頭から離れない今日の会合。

無論行動に移してない人間が端から文句を言う権利なんて有る訳無い。

けど、それは承知の上でも、
「自分は起業している」
と言葉を綴るのであれば、せめて憧れの対象足る片端を見せて欲しかった。

ちょっとの工夫や理解なんかでは追っつかない、
理念や仕組みがあるのならば。
オペレーションの中に組み込むべき自分の分身があるのならば。

ソレは「事を興す」事に付随して生じる起業家の使命だと、俺は勝手に思ってしまう。

興行の目的の1つに、
世界の活性化が含まれているならば。

  

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May 03, 2006

後悔しない唯ひとつの方法

主観を持ち得る人間であればこそ、
そしてその主観が世界の総意と一致しない以上、
”自分の外面”を、
世界のどんな角度から見たって整合性の取れてる様に、繕うコトなんて出来やしない。

自分に出来る唯一の努力と言えば、
なりたい自分を適度に正確に認識し、
必死に素直にアガクだけ。

多くのモノを手に入れようとすればするだけ、
多くの風に晒され綻びに至る亀裂は増えていく。

ごまかした数だけ、
自分はごまかせなくなっていく。

そんな中、自分を素直に疑う視線は時に、
思いもよらない閃きを半ば客観的に与えてくれる。

余計な苦しみを生まない方法は1つだけ。

ちょっとでも心に引っ掛かる言動なら、今一度踏み止まりストーリィを練るコトだ。

  

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