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October 2006

October 31, 2006

そこにある景色

『人は自分の心を景色に投影する』

とはよく言ったもの。
気分によって、見える風景は全く違う。

というより、無意識に景色の一部を選んで見てんだろな。いつも。

無論映像の雰囲気は、季節時間天候etcによって様々に姿を変えていく。
けど、ピックアップしてるのは自分。

ちょっと落ち込むだけで、嬉しくなるだけで、
昨日気付かなかった景色の一部にはたと目が留まる。

モノの見方なんてそんなモン。
モノの判断なんてそんなトコ。

主観に基づき人は生きる。

そして主観は自分に根付く。

たとえ状況が変わっても、
変わる景色を見つつ多分明日を送る。

だから捉われるのは止めよう。
そこにある風景と自分の心を受け止め、
流れを流れとして乗り越えていく為に。

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October 27, 2006

恋愛について久々に考えてみた

『「付き合って下さい」「ハイ」
「別れましょう」「ハイ」
なんて大して重要じゃないだろ?
大事なのは、”一緒にいたいから、いる”ってコトじゃないの?』

と、かつての恋愛観を話した事がある。

「ズルイ」

すぐ反応したコがいる。
(皆のいる場でね。)

・・・

そぉなんかもな。
言いたい事は分かる。

「責任取らない気?」ってコトだろ?

だけど、
”付き合ってる”とか、”彼氏/彼女がいる”なんて『称号』がナンの役に立つ?

保証が欲しいんかぃ?
無いよ、保証なんて。

”自然消滅”なんて言葉が存在するくらい、曖昧で移ろい易い関係。
人の気持ちを縛ること自体に無理がある。

そら”結婚”は別。
社会的にも責任を負う”夫婦”の『status』は周りにも意味を持つ。
自然に”夫婦”が消滅するとか無いしね。然る手続きを踏まなきゃ。

だけど、”付き合う”事に執着する意味が有るのか良く分からない。
”一緒にいたいから一緒にいる”事が大事じゃないの?


けどここで言いたいのはそんな事よりも、

”付き合う事”に固執して、『称号』にアグラかいてたりしない?

って事。

出会いたての頃は、
相手を喜ばせたくて、気に入って貰いたくて、色々気遣ったり工夫したりするモンだけど、
”付き合ってる”事に満足して安心して、そういった心無くしてない?

その内昔ほどマメになれなくなったり、優しくなれなくなったりする。
相手が自分といるのが当たり前に感じちゃうから。
そうしてやってくるのが”倦怠期”。

相手に対する愛情も思いやりも希薄になって、
互いの心がそっぽ向き始める。

そぉなったらもぉ終わり。

好きじゃなくなったんならそれは自然の流れで仕方ない事だけど、
そうじゃないのにそうなったりしてない?

”付き合ってる人がいる”っていう状態に安心してたら何も生まれない。

『好きな相手にはいつまでも好きでいて欲しいから、
絶えず成長と思いやりを相手と一緒に積み重ねていく。』

そんな当たり前の事が出来なくなってたら、
終わる原因は自分のせい。

当たり前の事に見えるけど、イザ自分の身になってみると
出来てなかったりする事は往々にして有ると思う。

そんな無用の安住感を生んでしまうんだったら、”付き合う”なんて無用の『称号』必要無い。

形式にコダワル意味なんてどこにも無い。

勿論分かってるならいいよ?
愛する相手が欲しがるならいくらでもくれてやる、『称号』なんて。

けど、ちゃんといつまでもそういれる?
一生懸命想いを傾ける姿勢で一緒に前に進んでいける?

安心が欲しい故に大事な事見失ってる事も多いんだと思う。

ついでに言うと、
「だってどこかでもっと可愛い子と出会っちゃうかもしれないし」とかって台詞ほど意味無いモンも無いと思う。

だからどした?その程度で終わるなら遅かれ早かれどっかで終わってるよ。
嫌なら向こうに行かせるな。相手を縛るんじゃなく、自分の方を向けさせる努力しろ、って思う。

また例によってキレーゴトって言われんだろな。
けど、理想を捨てた生き方ほどツマランもんも無かろ?

いーじゃん、形式とか常識とかに縛られる事に何の意味も感じられねんだよ。

大切な事は何か、何の為にそうするのか。
それがちゃんと分かってる相手じゃないと一緒に居るなんて考えらんない。

だからまず何を大事に思って何を嫌いに思うのか。
それをちゃんと話していきたいと思う。

そうすりゃきっといつまでもお互いを尊重して大切にしていける。
出来る事ならそうやって積み重ねていきたい。

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October 24, 2006

なんかまた風邪ひーた

まーた熱出てきた。
こないだも体調崩したばっかのよーな気がするが。

流石に金曜土曜オールして日曜月曜終電まで呑んで
さらにその前3時間睡眠が続いたの効いたか。

んでこんな時に限って呑みのお誘いが色々舞い込んでくる。
まぁそんなモンか。

それらには何とか行くとして。

こんな時に思うのは、
体調如何に関わらず結果出すのがプロなんだろなぁてこと。

あ、仕事の話ね。

自分がやらなきゃ回らない。
でも止めてるヒマなんてない。
それがどんな内容でも、任せられて負ってる部分を抱えてる以上はプロにならなきゃいけなくて。

自分がやってナンボ。

体力を信じれる普段は、しんどくても楽しく仕事やれてる以上はそんなコト考えたこたないんだけど、
体調崩してちょっと弱気になってみたらそんな側面が見えてみた。

一度止めちゃったらもぉ回ってこない。
だから足腰立つウチは出来ることせにゃなぁ。

さてちょっと勉強して寝るか。

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October 09, 2006

結末と過程の中で

人は人の中で生きている。

人の意識に揉まれ、人の意識の中で反映させて自己を意識し、確認し、反省する。

自己のみでは生きていけないし、個の中に入り過ぎると調和の仕方を忘れてしまう。

自分の意識とその働きかけでどうしようもない事は無理に突っ張らず受け入れるしかない。
世界を動かす意識の中で自己のそれと影響力はほんの一部に過ぎないから。

綺麗さっぱりそれと在るものと認識して、その中で自分がどう在りたいかを測っていくしかない。

それが公の中で生きる事で、逆に”らしさ”の追求になる。
勝手な自己そのものに”らしさ”など測りようもないんだから。

けどそうすると疑問に思えるのが、
自分を貫き通す部分は何処につくればいいんだろうという事。

人を差し置いてでも優先すべき自己。他の何を失ってでも追求すべき自己。

果たしてそれで自分が満足出来るような何かを今の自分は持ち得るんだろうか。

そのバランスがすごく難しい。
つまり、自己を測る物差しが出来上がっていない。

そらそうなんだろうけど。
未だ見ぬ世界を生きて行く中で同時平行的に考えていくべき問題なんだから。

天才は感性と直観で先を見るのかもしれないけど、何時でも誰にでも出来る芸当じゃない。

だから人は時として物差しを作り切れない内に後悔する事象にブチ当たる。

だから、反省しながら振り返りながら前を向くしかない。

一つ一つを折りに触れて見つめ直し、後出しだろうが人の意識が作る世界に関する経験を貯めて自分を慣らしていくしかない。

反省して受け入れて、価値観さえも修正していかなきゃならない。

それは個の好き嫌いに捕われないという事。

無論自己の在り方は大事。
だからこそ経験していく世界に合わせて自己も変えていかなきゃならない。

同じ事では後悔しない様に。

次はもっと上手く振る舞える様に。

そして、次はそれすらも楽しみに変えて、次のステップに上がれたと実感出来る程、糧と変えていける様に。

そうすればきっと流れに乗りながら好きなモノを追い掛けられそうな気がする。
何となく。

  

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