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November 2006

November 29, 2006

コンビニサラダ

『ドレッシング別売』のサラダを買う時別売ドレッシングを一緒に持って来ない客がいたら、
”お客様、ドレッシングはご入り用ではないですか?”って取り敢えず聞いてよ。

付いてるのもあんじゃん。
付いてるとかって思うよ。

何、ボトルで持ってるだろうとか思うの?
だって会社ぢゃん!

まんま食いましたよ。

”袋は別にしますか?”とかどーでもいい事じゃなくて、
後でお客が悔やむ事態を防いで欲しい。

たとえマニュアルに無くったってさ。

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November 21, 2006

暗闇と外側

自分と言う暗闇に閉じ篭ってしまった時、
光を当ててくれるのは外の存在。

自分の内から光は生まれない。

光源は有るかもしれない。
けど、流れる電流の元は外の刺激が有って初めて生じる。

理解という光。
思いやりという光。
叱責、挑発、愛情、友情、激励、、、全て光。

決して外とは交わらない。
けど、磁界を横切る媒体から電流が生じるかの如く、
外部刺激は内部に流れを生む。

一つの固体としては存在し得ない。
光を貰って初めて自分も輝く事が出来る。

だから、自分に失望しても、諦めはしない。
生きてきた奇跡を辿って、きっと人が光を与えてくれる。

それまでは、待つ事も一つ。
もがく事も一つ。

ただ流々とそこにあるまま、やっていくだけだ。

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November 19, 2006

イイ女

どんなに美人でも奇麗でもスタイルが良くても、
何かを生み出している人でなければ、生み出すために自分を磨いている人でなければ、
イィ女だとはどうしても思えない。

雰囲気で人を見るクセで、
髪型や化粧や服装が変わると同一人物と判断出来ない事はよくあるけど、
そういった雰囲気が感じられない人には、惹かれない。

別に生み出すものは何でもいい。
それこそ人の捉え方次第。自分が気付けてない価値も一杯あるハズ。

だから幸せなのは、
そういった人と心が通じる事。
話が出来る事。話をしてもらえる事。教えて貰える事。

自分の考えに考えを添えて貰える事。

だから色んな人に会いたいし、
色んなモノを見てみたい。

そこで貰う一方だとそっぽ向かれる訳だから、
逆に自分でも表現できるモノを常から磨いてかなきゃならない。

そこは五分五分。
だから、成り立つ。

どうせなら、深く突き詰められるように関わっていきたい。
それが人の世の中に生きる幸せなんだと思う。

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November 01, 2006

限り有る時間の中での自分

『クロス・ゲーム』というお話がある。
(サンデーご参照)

好きなんだけど、このお話。

亡くなった人を向こうに見て頑張るってのもイィ話なんだけど、
読む度に思うのは、

今自分が死んだら誰かの中に残して貰えるんだろうか

という事。

イィ奴だったとか、明るい奴だったとか、ヤな奴だったとか、
そういう事じゃなくて、

思い出してもらって奮い起たせる程強烈な存在として根付かせて貰えるんだろうか、
という事。

例えば今自分の中には、
アイツを思い出すと怠ける自分が恥ずかしくて、やらなきゃ、
アイツに見られてる事考えたらのんびりなんてしてらんない、
って思わせる様な奴等が少なからず、居る。

そんな風に見て貰う事は出来てるんだろうか。

生き様なんて自分で見せるモンじゃない。
人が勝手に見て、思って、判断して、そして覚えてもらうもの。

そう考えると、方向性も定まらずマイルストーンも持たずただ張り切るだけの今の自分の在り方が物足りなく思える。

もっと、メリハリつけなきゃ。

時間はただ流すモンじゃない。
少なからず有限な時なのに、キッカケでもなけりゃいつまででも続いていくかの如く錯覚を抱く。

明日事故に遭うかもしれない、
って考えはあながち的外れじゃない。

どこで自分が消える事になろうと誰かの中に残してもらえる様な、
そんな生き方をしていかなきゃならない、
そう思う。

理屈なんか無い。

けど、例えば身体壊した知人の考え・訴え・叫びなんかを聞くと無意識にそう思う。
限り有る時間を出来る限り自分のものに。

そして自分以外の誰かの中に生きていける様に。
そんな生き方をしていきたい。

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